お寿司で重要なのはネタの新鮮さもあるが、それ以上に重要なものは寿司飯にあると私は考える。
世のグルメブームでもネタの新鮮さ、奇抜さばかりを取り上げ、寿司飯をしっかり評価した番組というのは私は見たことがない。もっともキチンとした寿司飯を作ることはプロにとっては当たり前のことなので特に取り立てて騒ぐことでもない、という意見もあるようだ。
しかし素人が寿司を作る場合この寿司飯がなかなかの難関であろう。寿司飯作りのポイントはいくつかあり、下記の事項が考えられる。
- すし飯用米の準備
- 合わせ酢の分量
- 合わせ酢のふり方・すし飯のさまし方
米の準備
米の準備は各種教材に載っているのでそう問題ないと思う。
- 米をよく研いでザルに上げて水を切った上で炊く
-
昆布のエキスを予め引き出したダシ汁を使うか、昆布を一緒に入れて炊くかという点
- 少し固めに炊く
という点に注意すれば失敗はない。
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合わせ酢
合わせ酢のふり方、さまし方もいろいろな本で紹介されている。米が少ない場合は特殊な技術が必要となる。この場合には、各工程のもつ意味をしっかり理解した上で作業をすると失敗がない。理屈は後の方で述べる。
本でまちまちなのはやはり(2)の合わせ酢の分量比だ。非常にまちまちであり、どの配合比率がよいかは個人の好みもあってこれがベストということはできない。しかし配合比率を全て自分でトライアンドエラーで試すには膨大な時間が必要となるので、そこは既に確立している分野でもあるのでよく知られている合わせ酢の分量比がどの範囲にあるかを調べてみた。
改訂版すし技術教科書(江戸前ずし編)/全国すし商環境衛生同業組合連合会監修によると、戦前は砂糖は入れず酢と塩が主体で、砂糖を使うようになったのは戦後という。戦後の甘みに対する飢餓に近い状況から使われるようになったと解説している。現在においては、米などの材料の質が落ちて砂糖を使わないと味が保てないようになっているらしい。特に、人工乾燥させた米は、吸水力が弱く、その為に砂糖の補水力を利用して、酢をとめているということらしい。したがって現代における合わせ酢の基本は
- 酢
- 塩
- 砂糖
ということになる。これに場合によっては化学調味料、酒及びみりんなどを加えるバリエーションが存在する。
一般に料理のレシピ、つまり材料の配合比は外掛け法で記述されることが多い。材料500gに塩大匙2杯、砂糖3杯、といった記述の仕方だ。実際に作る場合この記述は現実的で便利だが、各レシピの比較をしようとすると基本がバラバラなので横の比較ができない。横の比較をする為には基準を揃える必要がでてくる。合わせ酢のように3成分しかない場合の配合比は総量を100%とし、各材料が何%占めているかという内掛けで記述し直すと横の比較ができて良い。これが正規化という作業である。工業製品での配合比率でもっともよく使われる表現方法である。従来の配合比とこの正規化を施したものを表.1に示す。文献5)では塩、砂糖の量が「グラム(g)」表示されている。一方家庭料理のレシピにおける砂糖、塩は計量スプーンでの表記が多い。ここでは重量表示を体積表示に変換して横の比較ができるように計算しなおした。但し塩、砂糖の体積/重量比はあくまで我が家で簡単に実測した値なので多少の誤差はあることを理解した上で表を見て欲しい。
Table.1 合わせ酢の各種配合比率例
| 通常配合 | 正規化(Vol %) *1 |
| 米 | 酢 | 砂糖 | 塩 | 酢/米 | 酢 | 砂糖 | 塩 |
| Cup (200cc) | (cc) | (cc) | (cc) | [ - ] | (Vol%) | (Vol%) | (Vol%) |
菅原家1 | 4 | 100 | 30 | 10 | 0.125 | 71% | 21% | 7% |
菅原家2 | 5 | 100 | 10 | 20 | 0.1 | 70% | 13% | 18% |
文献1 | 3 | 60 | 37.5 | 7.5 | 0.1 | 57% | 36% | 7% |
文献3 | 2.5 | 50 | 50 | 15 | 0.1 | 43% | 43% | 13% |
文献4 | 3 | 75 | 22.5 | 7.5 | 0.125 | 71% | 21% | 7% |
| 合 (180cc) | (cc) | (g) | (g) | [ - ] | (Vol%) | (Vol%) | (Vol%) |
文献5 | 20 | 360 | 150 | 200 | 0.1 | 89% | 8% | 4% |
文献5 | 20 | 360 | 150 | 200 | 0.1 | 41% | 30% | 29% |
文献5 | 20 | 400 | 15 | 70 | 0.11 | 77% | 5% | 17% |
文献5 | 20 | 380 | 160 | 90 | 0.11 | 48% | 37% | 15% |
文献5 | 20 | 360 | 100 | 70 | 0.1 | 57% | 29% | 14% |
文献5 | 20 | 378 | 75 | 94 | 0.105 | 60% | 21% | 19% |
文献5 | 20 | 360 | 50 | 100 | 0.1 | 62% | 16% | 22% |
文献5 | 20 | 360 | 250 | 140 | 0.1 | 36% | 45% | 18% |
文献5 | 20 | 360 | 160 | 100 | 0.1 | 46% | 37% | 17% |
文献5 | 30 | 540 | 110 | 85 | 0.1 | 64% | 23% | 13% |
*1: 砂糖 180cc/100g , 塩 130cc/100g として容積換算
さてこの表からいえることは、プロはご飯と酢の比率がほぼ1:0.1となっている点である。家庭料理用のレシピではこれが1:0.1〜1:0.125となりやや酢が多めの配合比率となっている。これはご飯の量の少ない為にわずかに酢を効かせたいが為であると考えられる。
酢、塩及び砂糖の比率は表からわかるようにマチマチである。数字だけでは傾向把握がしにくいので、こういう場合、金属材料や無機化学材料分野では3成分系図を用いて各配合を表現することが一般的である。表.1の結果を3成分系図にプロットしたものを図.1に示す。
Fig.1 酢-塩-砂糖3成分系図
3角形の頂点が各々の成分100%の点であり、3角形の中に図示されている各々の点がそれぞれ3成分の配合比率に従ってプロットされる。詳しい見方は省略するが、点と3角形の各々の頂点を結んで、その線が短い物ほど頂点の成分が多いと考えば良い。結果を見ると非常に面白い傾向が現れた。
塩を頂点とし、酢と砂糖の線分を底辺としてみると、各配合比は酢と砂糖の線分に平行して分布している。つまり塩の比率はあまり変化がない。その値は5%〜20%に分布しており、プロの配合比においてはほとんどのものが13〜20%内におさまっている。これに対して酢と砂糖の比率だが、塩を無視した酢と砂糖の比率だけ見ると酢:砂糖=90:10〜45:55と変化幅が激しい。塩の比率が一定しているのは過去の経験からの必然性に従っている物ととらえて良いが、砂糖に関しては必然性が少なくなくむしろ好みが大いに反映されていると解釈できるのではないか。
我が家の配合比率は図.1の中で青色の点で示しているが、砂糖が少なく、図.1の3成分系図において砂糖が少ない領域端付近に存在している。我が家の味は砂糖レスに近い味がベストポジションとなっていることがわかる。この図に各自の分量比をプロットしてみると味の組立の絶対位置が明白になり面白いと思う。後は各々の味の好みの配合比を模索してゆけばよいと思う。
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合わせ酢のご飯への混ぜコミ
さてこの合わせ酢だが、米の中までしっかり酢を含ませてやることが重要となる。合わせ酢はどの本を見てもご飯が熱いうちに手早くかけて、酢飯をしゃもじで切って混ぜてやることを強調している。
この時飯台を使いウチワなどで風を送りながら酢飯を冷やすことで次に重要となる。これら一連の操作の意味を検討してみよう。
ご飯が熱いうちに合わせ酢をまわしかける。冷えたら酢がまんべんなくまわらないという注意点がほんどとの本に記載されている。しかし、何故冷えたら酢がまわらないのか? この疑問について明確な記述がなされていない。私的な推測を杉田浩一「こつの科学(調理の疑問に答える)」6)、日本料理のコツ7)などの記述からまとめてみる。ご飯を炊くという意味は文献6)のP52〜53,207には、常温で安定なβ澱粉を多量の水分(ご飯では水分65%)と60〜65℃以上の温度を与えるとこによりα澱粉化すること、とある。澱粉のβからαへの変態によって何が変化するかというと、澱粉の構造が変化する。β状態では澱粉のブトウ糖の高分子が鎖の束のようになって集まって、一定方向に堅く配列している。これをミセルという。常温での米が堅いのはこの分子構造に起因する。このミセルに水を加えて加熱するとミセルがゆるみ、水の分子が澱粉分子の間に入り込んで、長い鎖状の高分子の束が緩んで膨潤状態、膨れた状態となる。今までβ状態では堅くて緊密な組織が、水と加熱によってα化されて組織が粗な構造に変化することとなる。この構造の為に常温では消化しにくい穀物が消化しやすい構造に変化する訳だ。
このβからαへの変態は可逆反応である為、ご飯が冷めるとαからβへと逆に戻ってしまう。冷蔵庫に入れておいたご飯が不味いのはこの構造変化に起因する。しかしα状態のままで急速に凍結するとβ化せずにα化の組織のまま凍結可能である為、ご飯の保存は冷凍保存が一般的な理由でもある。
話が大分脇道にそれた。つまりご飯が熱い内に合わせ酢をかけるということは、組織が粗なα状態の間に酢を内部まで拡散させる為の必須条件となる訳だ。
次に風を送って冷却してやる意味だが、これは2点ある。
ひとつは熱によって酢の香りが飛ばされないようにすること。
2つ目はご飯の中にたまっている湯気をだして、余分な蒸気を逃がしてベタつきを押さえることと、米粒表面の水分を飛ばして米粒自身のベタ付きを押さえることにある。
よって合わせ酢を混ぜ込む操作では、まず酢が米粒の中までしっかり拡散させること。この為にはご飯が熱いことが必須となる。しかし時間をかけては酢の香りが飛ぶので短時間に処理して後は冷却すること。
酢がある程度拡散した段階で今度はご飯そのもののベタ付きを押さえる為に余分な蒸気、水分を飛ばしてやること。この為に余分な水分を吸収する飯台と水分を吹き飛ばす為の風が必要となる。
このような理屈がわかっていれば、少ないご飯の時でも飯台にご飯をうつしてウチワであおぎながら合わせ酢をかけるということが理にかなっていないことがわかるはずだ。ご飯が少ないと冷却しやすく、冷めた状態の米粒では合わせ酢が内部まで拡散しにくく、表面のみ酢が入ることとなる。その為内部まで入るはずの合わせ酢が余分に存在しベチャベチャした感じの酢飯の出来上がりとなる。
理屈がわかっていれば、熱いまま合わせ酢を手早く混ぜてやり、その後で水分を飛ばす作業をしてもよいということとなる。家庭用の酢飯の作り方としてはきょうの料理 No.3 P65 (1996)3)で紹介されている方法が理にかなっている。合わせ酢を熱い内に回し、ゴムヘラできって手早く混ぜた後、水をはった大きなボールに内釜を入れて下から冷却、上からはウチワで冷却するという方法だ。この方法は内釜のご飯を混ぜている時に、ボールの水が内釜に入ってしまう時があるので、私は内釜が電気釜の中にある時に合わせ酢を入れて混ぜてやった後フタを1分ほどしてから、湿らせた飯台や大きなボールに移してウチワなどの風を送って急速に水分を飛ばす方法を採用している。
さてこうして出来上がった寿司飯さえあれば基本は完成だ。後はにぎり寿司や巻き寿司に必要となる手先の技術に挑んでゆけば良い。良い寿司飯さえあればにぎり易くなり技術習得の近道となる。
参考文献
- お料理ABCシリーズ、基本お料理上手になる本 p122-123 主婦と生活社 (1993) \1,280円
- SABLIER No.1 わくわくおべんとう p56-57 主婦の友社 (1992) \590
- 日本放送出版協会、きょうの料理 No.3 P64-66 (1996) \450
- 日本放送出版協会、きょうの料理 No.10 P34 (1997) \480
- 全国すし商環境衛生同業組合連合会監修、改訂版すし技術教科書(江戸前ずし編)、P82-83 (1992) \7,210
- 杉田浩一、こつの科学(調理の疑問に答える) P52-53 柴田書店 (1971) \1,030
- 杉田浩一、比護和子、畑耕一郎、日本料理のコツ(プロの技と料理の科学シリーズ) P189-190 学習研究社 (1995) \1,460
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